戦国最強の知将!真田家が治めた信州上田城

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戦国最強の知将真田家が治めた信州上田城

戦国最強の知将とも言われ、それほど大きな所領を持っているわけではないにも関わらず、天下に名を轟かす大大名たちを翻弄した真田氏。

大河ドラマで真田幸村が取り上げられてから、ますます真田氏に注目が集まるようになりました。
そんな真田氏の居城として有名なのが、長野県にある上田城です。

本記事では、真田氏の悲劇的な運命と、上田城の歴史や見どころについて解説していきたいと思います。

歴史を感じられるまち・信州上田

今もなお城下町の雰囲気を残す信州上田。
メインの観光スポットである上田城も含め、駅から徒歩で観光することができるコンパクトさも魅力的です。

小国の領主であった真田氏ですが、ここ上田の地を拠点に知略を巡らせ、二度も徳川軍を撃退しました。
今は市民の憩いの場でもある上田城には、深い歴史ロマンが詰まった場所です。

ここでは、真田氏や上田城の歴史に触れながら、上田観光がより楽しくなるような情報をお届けしていこうと思います。

上田城築城と「第一次上田合戦」

上田城は、天正11年(1583年)に真田昌幸によって築城が開始されました。
1582年に本能寺の変が、1600年には関ヶ原の戦いがあったことを考えると、戦国時代のなかでもかなり末期に築城されたことがうかがえます。

さらに真田昌幸と言えば戦の名人。
戦国期に円熟した当時の築城技術と、昌幸の優れた戦術を持って築かれた上田城は、まさに鉄壁の守りを誇ったお城です。
天守があったかどうかは謎ですが、金箔が貼られた瓦が出土したことなどから、絢爛豪華な城であっただろうと推測されています。

築城当初は徳川家康に臣従していた昌幸ですが、家康が同盟を組もうとしていた北条氏へ昌幸の上州沼田領を割譲してほしいという命令を拒否。
昌幸は次男・信繁(幸村)を上杉に人質に出すことで、家康との対立に備えました。

天正13年(1585年)8月、家康は上田城へ8000人もの大軍を率いて攻め込みます。
対する真田軍はわずか2000人ほどでしたが、見事家康を撃退しました。
世に言う「第一次上田合戦」です。

築城の途中であっても大軍を退けるほど、優れた縄張り(城郭の設計)をしていたことがわかるかと思います。
上田城は、徳川、上杉という大大名の支援を受けながら、同年9月には一応の完成を迎えます。

切り裂かれる真田家と「第二次上田合戦」

豊臣秀吉が天下統一を成し遂げてからしばらくは真田氏も平和に過ごしていましたが、秀吉が亡くなって関ヶ原の戦いが起こるというときに、大きな決断を迫られます。

石田三成の縁者や大谷吉次の娘を妻に持つ父・昌幸や弟・信繁(幸村)に対して、兄・信之は本田忠勝の娘で家康の養女を妻に迎えていたのです。
それぞれの義理を守るために、また当時勝敗を見分けることが難しかった天下分け目の戦いで真田家が生き残るために、父と弟は西軍に、兄は東軍に与します。

ここで上田城に残った昌幸・信繁は、関ヶ原へと向かう徳川家康の息子・秀忠を迎え撃ちます。
3万8000人で進軍する秀忠に対し、昌幸・信繁らはわずか2500人。

圧倒的な兵力差ながら秀忠は苦戦し、一週間ほども足止めを喰らってしまいます。
世に言う「第二次上田合戦」です。

しかしながら、関ケ原の合戦は東軍の勝利。
昌幸と信繁は九度山へ幽閉されてしまいます。
また、親子二代にわたって苦い思いをした上田城に恨みを抱いたのか、家康は上田城の建物だけでなく、堀や塀をも埋め立ててしまいました。

江戸時代に入り、上田藩の藩主として戻ってきた信之は上田城から少し離れた場所に屋敷を構え、以後上田藩はその屋敷を中心に政治を行うことになります。

上田藩の変遷

信之は元和8年(1622)に松代藩へ転封となり、上田へは仙石忠政が入ります。
忠正は幕府に許可を取ってまで上田城の再建に取り掛かり、堀、土塁、石垣、櫓、塀などを作りました。

宝永3年(1706)、仙谷氏に代わって松平氏が上田の地を治めることになります。
幕末まで藩主を務めた松平氏は、小規模な修復程度しか行うことはなく、上田城はだんだん廃墟と化していきます。

明治維新が起こると上田城は軍に接収されてしまいますが、まちの人々の声もあって城内には「真田神社」が造られ、木々が植えられるなどして市民の憩いの場に生まれ変わりました。

現在は本丸の櫓門が再建されるなど、観光地としての整備が進んでいます。

上田城の見どころ

では最後に、上田城の見どころをご紹介したいと思います。

西櫓

上田城でまず注目したいのは、仙石氏が再建した建物がそのまま残る「西櫓」。
上田城内で唯一現存する建物で、板張りの外壁に防火の塗籠を施しているのが特徴です。

東虎口櫓門・南櫓・北櫓内

平成に入ってから復元され、映画「サマーウォーズ」にも登場した「東虎口櫓門」と昭和に復元された「南櫓」、「北櫓」は、数百円の入場料を払えば中を見学することができます。
櫓の構造を体感することができるだけでなく、上田城に関連した展示も行われています。

真田石

信之が転封の際に父の形見として持って行こうとしたもののあまりにも巨大で動かなかなかったため、それを動かして運んだ父の偉大さを改めて痛感したという巨石。
信之は父や弟の陰に隠れがちですが非常に優秀な武将で、彼の子孫は幕末まで松代藩主を務めあげ、爵位を受け取って華族になっています。

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