兵庫県北部にある城崎温泉。
奈良時代から続く長い歴史を持ち、人々に愛されてきました。
独特な外湯文化が有名で、特色が全く異なる7つの外湯が点在しています。
風情ある街並みと良質な温泉は、「城崎にて」などの著作で知られる小説の神様・志賀直哉にも愛されました。
本記事では、城崎温泉の歴史や観光スポットをご紹介していきたいと思います。
1300年続く歴史ある名湯
奈良時代から実に1300年以上の歴史を誇る城崎温泉。
風情ある街並みには、浴衣で外湯巡りに繰り出す人々の姿が良く映えます。
地元の人々も利用している外湯は、できた時期も泉質も全く異なり、近接しているにも関わらずそれぞれに特徴があります。
お湯や佇まいの違いを感じながら、その場での交流を楽しんでみてください。
ここでは、城崎温泉の歴史を紐解きつつその魅力に迫っていきたいと思います。
城崎温泉のはじまり
城崎温泉のはじまりは、今から1300年ほど前の奈良時代にまで遡ります。
7つの外湯のひとつである「まんだら湯」にまつわる伝承に、夢のお告げを信じて1日1000回もお経を唱えた道智上人という人物がいます。
彼は鎮守四所明神に重い病に苦しむ人々を救いたいと祈願したところ、ビランの木の下を掘れば病に効く温泉があるだろうと言う白髪の老人の夢を見ました。
そのお告げの通りに掘ったところ出てきたのが「まんだら湯」であり、それが城崎温泉のはじまりであるという伝承です。
上人は今の温泉寺がある場所に伽藍を配置し、観音像をお祀りして城崎温泉の守護寺としました。
また、実はそれよりも前に、「鴻の湯の伝説」というものがあります。
傷ついたコウノトリが水に足を浸していたら数日後には元気よく飛び立っていたので、気になった里人がコウノトリのいた場所を見ると、温泉が湧いていたそうです。
このような伝説を持つ「鴻の湯」は、不老長寿の湯、幸せを招く湯、さらには夫婦円満にご利益のある湯であるとも言われています。
江戸時代の城崎温泉
江戸時代に入ると、湯治や寺社仏閣への参詣を目的とした旅行は徐々に庶民の間にも浸透していきます。
温泉はその効能の研究もなされるほどで、現代で言うガイドブックなどもこぞって作られました。
私たちが観光地などの人気をランキング付けするように、江戸時代にも「温泉番付」と呼ばれる相撲番付になぞらえた温泉地のランキングがありました。
城崎温泉は江戸時代の「温泉番付」にもランキングするほど当時から人気があり、いかに長く人々に愛されてきたのかがわかります。
城崎温泉と志賀直哉
「城崎温泉」という名前を初めて目にしたのが「城崎にて」という志賀直哉の小説であるという方も多いのではないでしょうか。
私小説の一種で、作家本人も事故で怪我を負い、城崎温泉で療養しています。
志賀直哉は生涯を通じて10回以上も城崎を訪れており、「温泉はよく澄んで湯治によく、周囲の山々は緑で美しい。おいしい日本海の魚を毎日食膳に出し、客を楽しませてくれる。
人の心は温かく、木造作りの建物とよく調和している。」と城崎について語っているそうです。
志賀直哉以外にも、与謝野晶子・寛夫婦や司馬遼太郎などの文人も城崎温泉を愛したといいます。
文学のまちとしての側面も持つ城崎温泉。
お気に入りの一冊を片手にのんびりと過ごすのも良いですね。
城崎温泉の観光スポット
さいごに、城崎温泉の観光スポットをご紹介したいと思います。
温泉寺
先ほどもご紹介した城崎温泉のはじまりに深い関わりを持つ道智上人にゆかりのある城崎温泉の守護寺。
境内は四季の移ろいが感じられ、どの季節に訪れても思わず写真を撮りたくなるような美しい景観が広がっています。
城崎文芸館(KINOBUN)
先ほどもご紹介した通り、多くの文人墨客たちに愛されてきた城崎温泉。
その代表格ともいえる志賀直哉を中心に、城崎にまつわる文学作品や志賀直哉が属した白樺派に関する展示が行われています。
極楽寺
こちらも道智上人にゆかりのあるお寺。
見事な枯山水や山門、水墨画の襖絵などは大変見ごたえがあります。
四所神社
外湯のひとつである「御所の湯」に隣接する城崎温泉の守護神を祀る神社。
毎年10月に行われる200年以上続く秋の祭礼「城崎だんじり祭り」は外湯「一の湯」の前で行われ、大きなだんじりが激しくぶつかり合うさまは圧巻です。
城崎麦わら細工伝承館
300年の歴史を誇る城崎の伝統工芸品である麦わら細工に関する展示がなされている博物館。
ドイツ人医師・シーボルトのコレクションの中にもあったことから、海外でも早い段階で職人の技が評価された美しい工芸品です。
城崎マリンワールド
城崎温泉にほど近い場所にある海の生き物と触れ合える施設。
アシカショーやイルカショーが有名で、ほかにもさまざまな体験ができる施設が揃っています。
カップルや家族連れにも人気の観光スポットです。